妻の身体に異変が起きた。末期の癌であり、早くて3ヶ月、もって半年だと言う。余命宣告に目の前が真っ暗になった。

2013年11月16日

334: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/19 20:31:03
自分語りスマソ。
話の始めはスレ違いに思えるかも知れないが吐き出させてくれ。

10年前の春、私(♂)夫婦と同居している私実両親のうち、母が3年の闘病の末亡くなった。
俺様な父は自分の妻の葬儀にも喪主を私にマル投げ、面倒なことは全て私と妻がやり終えた。

居なくなった母の家庭内での役割を出来るだけ私達夫婦で分担したつもりだが、
私には仕事もあるので、夕飯時などは妻が家事を一人でこなしていた。
父は止める母が居なくなったのを良いことに朝昼晩と酒を絶やさなくなった。

後から判ったことだが、どうやらその頃から、舅の嫁イビリが在った模様だ。
妻は、当時独立してまもなく自営業を軌道に乗せようと必死になっていた私に心配を掛けまいとしていたらしい…

母が春に亡くなり、その夏、妻の身体に異変が起きた。

末期の癌であり、早くて3ヶ月、もって半年だと言う。


長くなるので、分けて書きます。

335: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/19 20:42:01
334です。

余命宣告に目の前が真っ暗になった。
まだ子供は小学2年生、それも少し前まで可愛がってくれていた祖母を亡くした哀しみを何とか乗り越えたところだと言うのに…

当時サラリーマンから転進して自営を始めて間もない私は、勤め当時とは比較にならない収入を上げられるところまで頑張れたのも、
妻との未来を想定してのことだったのに…

若い妻の生きたい、と言う力を信じて、手術が行われた。切除した部位により、もう息子は兄弟を持つ望みが無くなった。
外科手術、その後の化学療法、掛かる費用は尋常ではなくなっていた。
簡保などでは到底追いつくはずも無く、あれが勤めの頃なら、経済的に破綻していたに違いない、と確信できる。

一旦退院できるまでに奇跡的に回復し、定期的な通院による化学療法を受けることとなった。

しかし、その副作用は当人以外には想像出来ないほどのダメージを与えるものだった。

続きます。

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