俺が子供の頃両親が大喧嘩して言葉の端々に「離婚」と言ってたんで凍り付いてた。それを見た爺ちゃんが紙に何かを書き俺に握らせた

2017年3月14日

451: 名無しさん@おーぷん 2016/11/14(月)15:45:28 ID:G8n
仕事が休みだから部屋を片づけていたら
大昔じいちゃんにもらったメモが出てきた
すげえ懐かしい

俺の母ちゃんは、小学生の俺と妹の2こぶ付きで初婚の父ちゃんと結婚したんだけど
父ちゃんは結婚を機に実家の農業を継いだから
必然的に父ちゃんの実家でじいちゃんばあちゃんと一緒に暮らす生活が始まった
このじいちゃんばあちゃんってのが何ていうかもう天然記念物並みにいい人で
(父ちゃんもだけど)
母ちゃんのような「訳アリ物件」をもろ手を挙げて歓迎してくれたばかりか
余計もので愛想もない子供2人を、実の孫もかくやというほど全力で愛で回してくれた
当時からドのつく田舎だけに、外野にはあれこれ口さがのないことを吹き込む人もいた
と思う

でも家の中はいつも笑いと温かい空気にあふれていた
母ちゃんの仕事が忙しくていつもアパートに妹と二人きりで
「大人に甘やかしてもらう」ことが少なかった俺は
初めて心の底から安心するような穏やかな気持ちを味わった気がした
最初は農業はやらない予定だった母もいつしかすっかり家に溶け込んで
毎日笑顔で畑に出るようになっていた
青白かった母ちゃんの顔がちょっと日焼けして、
表情もすごく明るくなったのがうれしかった

ところが結婚から1年が過ぎた頃、両親が大喧嘩をした
数日間険悪なムードが漂い続け、その日も学校から帰ると両親の部屋から
言い争う声が聞こえてきた
内容はほとんど聞き取れなかったけれど
端々に「離婚」の二文字が聞こえて足がすくんだ
廊下で凍り付いていた俺を見つけたのはじいちゃんで、
自分たちの部屋に連れて行ってくれた
ばあちゃんが、じいちゃんの大好物の栗まんじゅうを出してくれて
じいちゃんと二人で食べたけど
おいしいはずなのにいつもより味がしなくて、何だかのどに詰まる感じがした

そんな俺を黙って見ていたじいちゃんは、
おもむろにそのへんの紙に何かを書きつけ始め
書き終えると俺の手のひらにぎゅっと握らせた
俺の手を包むじいちゃんの両手はかたくて温かくて、握る力は痛いくらいに強かった

紙を開くと、そこには今住んでる家の住所と電話番号が几帳面な文字で書かれていて
ご丁寧にもすべての漢字に振り仮名が振られていた
じいちゃんはもう一度俺の両手を握ると潤んだ目をしぱしぱさせて
「おどどおががどったごどさなってもはぁ、こごがなのえだっつごどば
忘れればまいや。どさ行っても必ず便りばしこせ。いづだばけえってこいじゃ」
って言ってくれた
一応訳をつけると
「お父さんとお母さんがどんなことになっても、ここがお前の家だということを
忘れるな。どこに行っても必ず連絡をよこせ。いつでも帰ってこい」ってこと

ていうか家の住所と電話番号なんてとっくの昔に暗記してたんだけど
俺はなんだかすごく安心してそれ以上にうれしくて
じいちゃんの膝に額をぐりぐり押し付けて甘えた。てかちょっと泣いた
ばあちゃんも泣いてた

これほど俺たちを心配させた元凶の両親は、それからまもなくしてケロッと仲直り
あとで聞いたら「3人目をつくりたい」という母ちゃんと
「家族が赤ちゃんばかり可愛がったら2人の子供がかわいそうだから子供はもういい」
という父ちゃんの意見の相違が元々の原因だった
さらに1年して弟ができたから、喧嘩の勝敗はお察し

今年はお盆に帰省できなかったから、じいちゃんが会いに来いって言って
メモを見せに来たのかな
年末に帰ったら墓参りに行くよ
もちろん栗まんじゅうは忘れずに持っていく

俺の妹と父親と不仲で同居解消した経験ありのアホ嫁が実家に訪問はしないけど母親の墓参りはしたいと言い出し断ったら号泣しやがった

2015年8月19日

734: 名無しさん@HOME 2011/08/13(土) 17:44:03.17 O.net
携帯から失礼。

うちの阿呆ヨメほんとうざい。
ヨメ(24)うちの父と妹と不仲で、同居解消した経緯有。
そのヨメが『~くんの家には行けないけど、お母さんのお墓参りには行きたい』とか言い出した。
(母は俺高3のとき他界。ヨメと出会う前)

嫁祖父の墓参りと俺が病院サボって再発した胃潰瘍の治療に連れて行きたいから「今週中に休み取ってこい」とキレられた

2014年6月24日

211: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/04/12(月) 12:53:05
嫁から『今週中に休み取ってこい』とキレられた。
無理だって言っても聞いてくれん。
嫁祖父の墓参りと俺が病院サボって再発した胃潰瘍の治療に連れていきたいらしい。
嫁は平日休みだからいいよ。
でも俺は土日休みなんだから休み貰わなきゃならないんだよ。
そこんとこ考えてほしい。
ヒステリーでうるさいし。
偉そうでむかつく

212: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/04/12(月) 13:21:42
「オマイのヒステリーで胃潰瘍になった、と医者が言っていたぞ」

とでも言ってやれ

213: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/04/12(月) 15:12:07
嫁祖父の墓参りは「すまん」で押しとおしてもいいんじゃね?
嫁が恥をかかないだけの十分な供物を用意してやってさ。

胃潰瘍は早めに医者に行けよ。
土曜診療やってる内科を探すのもいい。
病気はな、放っておいて治るものは少ないぞ。
だいたいは緩やかに悪化してゆき、ある時点から急速に悪化して
病院に運ばれたときには手遅れってのもよく聞く話だ。
「働き者のよい旦那さんだったのに…」

214: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/04/12(月) 17:07:44
胃潰瘍→ガンはいやだろ?

交通事故に遭い意識不明で入院している1年半の間に嫁と子供が亡くなっていた事を聞かされ絶望した

2014年3月25日

714: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/13 02:12:53 ID:6p3KLvUc
もう寝るから書き逃げ
自分の人生最大の修羅場
もう5年前の話だが、自分は交通事故にあったらしい
らしいというのは、横断歩道の信号待ちしてて・・・でそれ以降の記憶がなかったから
気付いたら知らない天井
その事故があった日から一年半近く経っていた
生死をさまようレベルだったと聞いた
自分が目覚めたのを聞いて、両親が駆け付けてきてめっちゃ泣かれた
思いっきり泣いた後、信じられないことを言い出した
自分が意識不明だった一年半に嫁と子供が亡くなったと言われた
嫁は脳梗塞、子供は吐瀉物が喉に詰まって窒息死だった
まだ一歳にも満たない我が子と愛する嫁を気付いたら失ってた
あの時ほど絶望したことはなかったよ
丸一ヶ月くらい無気力で、時には嫁と子供の事を思い出して泣いていた
そんなある日、夢に嫁と子供が出てきてやんの
嫁は何も言わず、ニコニコしてて、子供はキャッキャキャッキャ笑ってた
なんか知らないけど、生きなきゃって気になって、まずは墓参り行かなきゃと思い至った
それから必死でリハビリをして退院当日にその足で墓参りへ行った
嫁と子供がいない我が家が寂しすぎるよ
今では仕事も完全復帰したけど、時々家族を思い出して泣きながら生きている

書いてたらまた泣けてきた
寝る

716: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/13 02:29:37 ID:g0jwzn6/
>>714
亡くなった方のご供養には思い出すのが一番と聞いたことがあります。
思い出して涙の出るあいだは泣いてあげてください。
そして助かったあなたの命を大事にしてくださいね。

719: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/13 11:52:51 ID:QZodUiak
>>714
きつすぎるわ…
がんばってくれとしか言いようがない

娘の就職を嫁さんに報告してきた。娘に「父親が父さんで良かった」と言われた時には流石に泣いたね。

2013年11月24日

786: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/07/27 13:15:10
ずっとROMだったけど、娘の就職がやっと決まったので記念初パピこ。
妻に先立たれて19年、父娘の二人三脚で頑張ってきたが、肩の荷が片方降りた気分だ。

でも勤務地は今の家から電車で乗換なし50分。
多分一人暮らしはせず、しばらくは一緒に暮らしてるんだろうな。

とりあえず明日は墓参りして報告せにゃ。
今晩は赤飯炊くぞ!!

787: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/07/27 13:27:24
>>786
おめでとう。そして、ご苦労さん。
結婚、孫と、まだまだイベントは続くが、取り敢えずは祝杯だね。
嫁さんと乾杯してね。泣くなよ。いや、泣いてもいいぜ。

788: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/07/27 17:14:27
>>787
ありがとう。
娘はもう帰宅して、赤飯を自分で炊いたらしいw

自分が万が一急死しても娘は一人で生きていける、と言う安心は大きいね。

結婚して嫁に出れば、肩の荷が全部降りるのかな。
でも孫が生まれたらまた長生きしたくなりそうだ。

目下の悩みは、娘名義の預金や積立金がかなりダブついていて、
どう言うタイミングでどの程度ずつ渡していくか。。。
大学も国立だったし、2年間の留学で結構使うかと思いきや、意外と節制してたのか想定の半分くらいしか使わなかったし。

、、、結婚の時で良いかw

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